こんにちは。
また台風の接近です。時期的にはそうなんですが、水害や土砂崩れなど被害がなければいいのですが……。

きょうはなぞの人です。見知らぬ人から声を掛けられたりするとドキッとしますか。ぼくはいまでもドキドキです。それが子供のころとなればなおさらです。それも登校拒否児童ですので。


IMG_20160911_090619


なぞのおばさん



 ぼくは九月になっても学校には行かなかった。プールは入らなくていいし、理由はなかったけどずっと学校へ行かなかったことで、それが普通となっていた。

 九月中旬の日曜、夕食は家族で外食に行こうとなった。

 母はよそいきの格好をしなさいという。それは子供用のスーツみたいのだ。ぼくはそれが堅苦しくて嫌だったがむりに着せられた。そして静岡方面に向かった。どこで食べるのかと弟と予想をしたりする。『焼肉かな』、『エビフライかも』などと。

 結構な距離を走ると一軒家の前でとまった。ぼくはもしやと直感が働いた。表札を見れば、『戸川』だった。

 一気にテンションが下がり、まただまされた、と思った。

 義父とバックミラーで目が合った。ぼくの下がった表情を読みとっていたのか。ざまーみろ、とでも思ったのか。


「行くぞ」


 義父はそういう。母も弟も車を出たがぼくだけ残った。入りたくはなかった。なぜ先生の家に来たのか。相談所のことと関係あるのか。あれこれと考えたりした。プールはないけど、いままで行った行為がぼくを嫌悪させていた。


「早く出てきな、先生がごちそうしてくれるだって」


 母がいったあと、先生が現れた。逃げたときのように抱えられて入りたくない。ぼくは渋々ドアを開けて玄関に向かう。

 玄関を上がると、先生は偽の顔を向けて笑っている。ぼくはなにも話さなかった。キッチンへ入るとテーブルへは義父と先生が並び、ぼくと弟が並んで座った。母と先生の奥さんは別の小さなテーブルに腰掛けていた。そして顔の赤くなっている先生と食べ始めた。

味など覚えていない。ハンバーグやエビフライを想像していたのに、戸川家とはがっかりだった。こうなったら早く帰りたかった。奥さんが作ったシチューの話しなど耳に入らなかった。

 テーブルにはリレー大会のウイスキーが載っている。浅黒い顔がそのビンで赤色に変えてしまったのがすぐわかった。


「みんな、浜崎のこと待っているぞ」


 といったが、ぼくは信じられなかった。もうクラスメートはよそよそしくなっていたからだ。ぼくの友だちはワタだけだった。

 先生はどうにかぼくを学校に戻したかった。会話でそう感じた。

 むりやり食べ終わると先生はいう。


「もう、プールは入らなくていいし、放課後もやらなくていい。だから学校だけは来てくれ」


 ここから早く立ち去りたいぼくは返事だけをする。

 そして玄関で見送る先生だったが、いち早く車に乗った。


「……いい先生じゃんね」


 帰りに義父がいった。仮面をかぶった先生だったが、以前のように本当にピンタなどしないのか。ここで少し戸惑いも出たりしていた。

 翌日。

 学校に行く振りをして、一学期に見つけたトラックに乗った。

そして身をかがめたり、寝たりしていた。だんだんとここも飽きてくる。散歩の気分で外に出た。近くに団地があって小さな公園もある。そこのブランコに乗って時間を潰していた。夏休みも終わり、ここで小学生がいるのも変だけど、このまま学校に行かなくなってしまうのか。ゆっくり揺られながらそう感じると悲しい気持ちにもなる。

 買い物帰りのおばさんと目が合った。するとこっちに来るではないか。補導員ではないけどなんだろ
うか。目を合わせずに黙ることを決め込んだ。


「ぼく、ご飯食べていかない?」


 まったく予想とは違うことを聞いてきた。ぼくはおばさんを改めて見る。母より若く見えた。二十後半から三十前半くらいだ。

 目を見つめてしまった。それは優しい目をしていたからだ。


「ジュースもあるから」


 と続けていった。このおばさんなら大丈夫と直感が働き、うなずいていた。

 団地の四階まで上った。玄関は狭かったが、女性の靴が並んでいた。キッチンに入り、テーブルへ座った。昨夜は戸川家できょうは知らないおばさんの家だ。なんか不思議に感じた。部屋は二つあり一つは閉まっていた。

 おばさんはすぐにオレンジジュースを出してくれた。のども渇いていたので夢中で飲んだ。なくなると入れてくれた。

 そして卵焼きを作ったり、魚を焼いてテーブルに載せた。腹も減っていて疑いもなく食べていた。


「いただきました」


 とお礼をいう。食事中はぼくの名前しか聞かなかった。『学校は?』など聞かなかったので、敵ではなくぼくの味方に違いない、とそう思った。そしておばさんの優しさはまだあった。

それはキッチンから見えるベランダの塀に茶わんが置いてある。

そこにご飯が盛ってあり、スズメが食べに来ていた。ぼくはそれを見ていたら、おばさんはとても優しい心の持ち主と感じた。

戸川先生のように仮面をかぶることはしないとも思った。

 ぼくはスズメの米粒を食べるところを近くから見たくなり、近づいたらスズメが逃げてしまった。


「憲孝君、近くによると飛んでしまうから、部屋のなかで見ていたほうがいいわ」


 ぼくは窓から離れると、スズメたちがよって来た。


「ほんとだ」


 おばさんとスズメが食べているところを静かに見ていた。ふとおばさんがいった。


「わたしには子供がいないの」


 と寂しそうな顔をした。そういえば部屋にはおもちゃが一つもない。玄関にも子供の靴はなかった。子供がいれば幼稚園くらいかもしれない。

 ぼくはスズメたちを見ながらおばさんの子供だったらいいな、と思ったりもした。子供がいないとやっぱ寂しいものなのか、さっきの顔が気になったりもする。

 それからぼくはテレビを部屋で見たりした。おばさんは食器を洗ったり洗濯物を入れて畳んだ。その間ぼくのことは名前以外なにも聞いてこなかった。三時になったので、


「そろそろ帰る」


 といったら、おばさんは、


「まだいてもいいのよ」


 ちょっと寂しそうな表情をした。子供がなぜいないのだろうか。

 帰りに玄関で、


「いつ来てもいいわよ」


 といってくれた。


「え、なんで?」


 と思わずいってしまった。


「いいのよ、いつでも待ってるから」


 ぼくは軽く手を振って別れた。階段を下りながら、なんか不思議なおばさんだな、と。でもなにも聞いてこないし知り合えてよかった。一度トラックに戻ってカバンをとりに行き、恵比寿公園で少し時間を潰して帰った。母はあきらめたのか、なにもいってこなかった。昨日のシチューはむだだったのだ。


 それからという日々は午前中はトラック、昼ごろになるとおばさんちでご飯、そしてスズメ鑑賞やテレビを見て三時半ごろに帰宅を繰り返した。

 母が、


「あんた昼間はいつもどこにいるの?」


 と聞いてきた。ぼくは答えなかった。おばさんちなど迷惑が掛かるし当然いえない。


「まさか人の家にいるんじゃないの?」


 ぼくは顔が引きつってしまう。なぜそんなこというのか。近所のだれかが団地に入るところを目撃したのか。もしかしたらばれているのか。


「いないよ」


 といっておく。おばさんのことは絶対に秘密だった。

 ある日、ご飯を食べ終わるとおばさんから質問があった。


「憲孝君、なんで学校が嫌いなの?」


 ぼくはドキッとした。いつもなにも聞いてこないのでぼくは気ままに通っていた。でもそろそろおかしいと思ってきたのかもしれない。おばさんなら信用出来るので、いままでの戸川先生のことやプール、脱走を話すことにした。


「……そんなことがあったの、つらい思いしたんだね。それなら行かないほうがいいと思う」


 ぼくはうなずいた。やはりおばさんは理解してくれた。でも話しを続ける。


「でもね……三年生を終えないと四年生になれないと思うの。だからプールが終わったら仕方なく行くしかないかもよ。それにそんな先生では嫌いな生徒もいるでしょう。その子たちは通っていると思うけど、憲孝君もがんばって少し通えば、その嫌いな生徒たちも応援してくれると思うわよ」


 ぼくは松島や冬田、野村が浮かんだ。そうだった、松島たちはぼくなんかより何日もプールに入っている。そして先生の拷問に耐えている。


「おばさん、ぼくはダメ人間かな」


「違うわ、いまだけ運がわるいの。だってほかのクラスにそんな先生はいないでしょ」


「うん」


「四組だけ、大変な思いしているんだから」


「そうだよ、ぼくのクラスだけ威張った先生なんだ」


「来年も同じかもしれないけど、憲孝君が脱走や児童相談所へ行ったし、少しは先生もおとなしくなった。それは憲孝君がそうしたのよ、だからクラスの生徒を少しは救ったのかもしれない。これはいいことをしたの」


「ぼくが?」


 なぜおばさんはぼくの味方ばかりなのか、このときはわからなかった。でもいまはそうだったかもしれない、と思うときがある。

そして最後に小さな声でぽつりといった。


「友だちがいないことは、とても寂しいことなのよ」


 ぼくもそうだと思った。そしておばさんとは、この話しが最後となってしまった。翌日からぼくはな
ぜか行くのをやめていた。

その代わり、プールが終わったころ、学校へ行くことを前向きに考えるようになっていた。


つづく


おばさんは不思議な人でした。いまはおばあちゃんだろうけど、どうしているのかなー 。
では次回に…




スポンサードリンク