こんにちは。

本日は清水昔ばなしをお送りします。
以前はさった峠のおはなしでした。今回は興津清見寺町のおはなしです。
ではどんなんかな~

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☆蛸和尚

興津清見寺町の清見寺は白鳳年間(672~686年)より続く由緒ある寺である。
室町時代(1338~1573年)将軍、足利尊氏によって、日本を代表する寺ということで『日本十刹』の第7位に推され、興国という寺号を与えられた。
この寺の開山は関聖禅師という和尚である

ある時、寺からほど近い清美浦で、漁師が仕事にせいを出しておった。
その時、なにやらすごい大物がひっかかった。

漁師たちはこれはすごい、逃してなるものか、と、ぐぐいと引っぱった。


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その大物は船がひっくり返りそうなくらい暴れておったが、やがて弱って死んでしまった。

ようやく水から上げてみると、それは長さ1丈余り(約3メートル)もある大きな蛸だった。

「ほう、こりゃでっけえ。こんなの初めて見ただよ」

「さっそく浜辺で煮て食ってみよう」

珍しい獲物に漁師たちの喜びはたいへんなものだった。
しかし、それを知った関聖禅師は、

「こんな大きな蛸には普通の蛸とはなにか違う生命が宿っているにちがいない。漁師さん方、どうか私に譲ってくれんかね」

と、すごい大金を払って、その蛸を買い求めた。
そして蛸の亡きがらに向かってお経をあげ始めた。

するとなんとしたことか、たちまち蛸はよみがえり、光を放ちながら海の底へと消えていった。


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この不思議を見ていた世間でもよく知られた浄見長者というお金持ちは、

「和尚は凡人ではない。本当に菩薩様が姿を変えていらっしゃるではないか」

と、たいそう心を打たれ、たくさんの財宝を寺に寄付した。

このことがあってから、和尚は人々から『蛸和尚』と呼ばれ、たいそう尊敬されたそうな。


おわり


(のり)和尚は神様だったのか、蛸が死んだふりをしていたのか。和尚は金持ちから寄付を得たことで、別の和尚も真似をすると、生き返ったのだが、蛸の足に捕まり食べられてしまった。


では次回に…




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